
| 2011 | 「キリカエ」展 Six(大阪) |
|---|---|
| 「Documentary」 シュウゴアーツ(東京) |
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| 「Documentary」 BLD Gallery(東京) |
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| 2007 | 「なぜ、他ならぬ横浜図鑑か!!」 シュウゴアーツ(東京) |
| 2004 | 「なぜ、他ならぬ人間=動物図鑑か??」 シュウゴアーツ(東京) |
| 2003 | 「中平卓馬展 原点復帰 — 横浜」 横浜美術館(神奈川)、那覇市民ギャラリー(沖縄) |
| 1997 | 「日常 — 中平卓馬の現在」 中京大学アートギャラリー・ Cスクエア(愛知) |
| 1989 | 「あばよX」 FOTO DAIDO(東京) |
| 2011 | 「ふたつの太陽」 シュウゴアーツ(東京) |
|---|---|
| 2008 | 「ALL OUR EVERYDAYS」 Gallery VER(バンコク) |
| 「シュウゴアーツショー 池田光弘 小林正人 中平卓馬」 シュウゴアーツ(東京) |
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| 2007 | 「芸術、反芸術、非芸術 — 公共の場での実験、戦後日本の前衛芸術1950-1970」 ゲッティ研究所(ロサンジェルス) |
| 2005 | 「MEGANEURA」 八戸市美術館(青森) |
| 2005 | 「CHIKAKU: Time and Memory in Japan」 クンストハウス・グラーツ(グラーツ、オーストリア)、ヴィーゴ現代美術館(ヴィーゴ、スペイン)、岡本太郎美術館(神奈川) |
| 2004 | 「Spread in Prato 2004」 (プラトー、イタリア) |
| 2002 | 「琉球列像 — 写真で見るオキナワ フォトネシア/光の記憶・ 時の果実 復帰30年の波動」 那覇市民ギャラリー(沖縄) |
| 1995 | 「東京国立近代美術館と写真1953–1995」 東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(東京) |
| 1989 | 「11人の1965~75 — 日本の写真は変えられたか」 山口県立美術館(山口) |
| 1976 | 「Takuma Nakahira, Kazuo Mutoh, Kazuyoshi Oishi: travaux/debat/projection: l’avant-garde au Japon」 Galerie ADDA(マルセイユ) |
| 1974 | 「15人の写真家」 東京国立近代美術館(東京) |
| 1974 | 「写真についての写真展」 シミズ画廊(東京) |
| 1971 | 「第7回 パリ青年ビエンナーレ」 ヴァンセンヌ植物園(パリ) |
| 1969 | 「第6回 パリ青年ビエンナーレ」 パリ市立近代美術館(パリ) |
| 2011 | 「Documentary」 Akio Nagasawa Publishing |
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| 2007 | 「見続ける涯に火が… 批評集成1965-1977」 オシリス |
| 2003 | 「原点復帰 — 横浜」 オシリス、展覧会カタログ |
| 2002 | 「hysteric Six NAKAHIRA Takuma」 ヒステリック・グラマー |
| 1989 | 「アデュウ ア エックス」 河出書房新社 |
| 1983 | 「新たなる凝視 — 中平卓馬写真集」 晶文社 |
| 1977 | 「決闘写真論」 篠山紀信との共著、朝日新聞社 |
| 1973 | 「なぜ、植物図鑑か — 中平卓馬映像論集」 晶文社 |
| 1970 | 「来たるべき言葉のために」 風土社 |
| 1970 | 「まずたしからしさの世界をすてろ — 写真と言語の思想」 多木浩二と共編、田畑書店 |
世界は常に私のイメージの向う側に、世界は世界として立ち現われる、その無限の〈出会い〉のプロセスが従来のわれわれの芸術行為にとって代わらなければならないだろう。世界は決定的にあるがままの世界であること、彼岸は決定的に彼岸であること、その分水嶺を今度という今度は絶対的に仕切っていくこと、それがわれわれの芸術的試みになるだろう。
世界と私は、一方的な私の視線によって繋っているのではない。事物、物の視線によって私もまた存在しているのだ。(中略)あくまでも具体的現実に即して思考すること。それが目指すべきたった一つの方向である。いかにも私は世界を見る、だが同時に世界は、事物は私に向かってまた物の視線を投げ返してくるのだ。そこには私の視線を拒絶する世界、事物の固い〈防水性の外皮〉がただあるばかりである。
世界、事物(もの)の擬人化、世界への人間の投影を徹底して排除してゆかねばならないであろう。なぜなら、すべてを人間中心に、人間に擬して見るわれわれの思考は、事物を事物として語らせることを初めから不可能にしてしまうからだ。それではまたふり出しに戻る。おそらくそのような擬人化、あるいは情緒化を徹底的に排除した時、事物を事物として凝視した果てに、私の視線の凝集をはじきかえして事物が真の幻想性を帯びて顕現してくるのだ。そこにゆきつかぬところでの幻想、それはただ視線の脆弱さを証すにすぎず、此岸と彼岸の混淆、またそこから生まれるふやけた情緒であるにすぎないのだ。
われわれは事物を凝視し、それを所有しようと事物に突進する。だが事物はそれに対して何も答えはしない。われわれの視線は事物の堅牢な外皮によってはじき返されるだけである。われわれの視線を前にして事物は絶えざる後退としてある。だがまさしくこの一点、私の視線がはじき返されるその一点から、事物の視線は私に向かって投げかえされはじめると言っても同じことであろう。
中平卓馬 『なぜ、植物図鑑か』1973年2月刊より抜粋
『見続ける涯に火が… 批評集成 1965-1977』, オシリス 2007年刊所収
世界は常に私のイメージの向う側に、世界は世界として立ち現われる、その無限の〈出会い〉のプロセスが従来のわれわれの芸術行為にとって代わらなければならないだろう。世界は決定的にあるがままの世界であること、彼岸は決定的に彼岸であること、その分水嶺を今度という今度は絶対的に仕切っていくこと、それがわれわれの芸術的試みになるだろう。
世界と私は、一方的な私の視線によって繋っているのではない。事物、物の視線によって私もまた存在しているのだ。(中略)あくまでも具体的現実に即して思考すること。それが目指すべきたった一つの方向である。いかにも私は世界を見る、だが同時に世界は、事物は私に向かってまた物の視線を投げ返してくるのだ。そこには私の視線を拒絶する世界、事物の固い〈防水性の外皮〉がただあるばかりである。
世界、事物(もの)の擬人化、世界への人間の投影を徹底して排除してゆかねばならないであろう。なぜなら、すべてを人間中心に、人間に擬して見るわれわれの思考は、事物を事物として語らせることを初めから不可能にしてしまうからだ。それではまたふり出しに戻る。おそらくそのような擬人化、あるいは情緒化を徹底的に排除した時、事物を事物として凝視した果てに、私の視線の凝集をはじきかえして事物が真の幻想性を帯びて顕現してくるのだ。そこにゆきつかぬところでの幻想、それはただ視線の脆弱さを証すにすぎず、此岸と彼岸の混淆、またそこから生まれるふやけた情緒であるにすぎないのだ。
われわれは事物を凝視し、それを所有しようと事物に突進する。だが事物はそれに対して何も答えはしない。われわれの視線は事物の堅牢な外皮によってはじき返されるだけである。われわれの視線を前にして事物は絶えざる後退としてある。だがまさしくこの一点、私の視線がはじき返されるその一点から、事物の視線は私に向かって投げかえされはじめると言っても同じことであろう。
中平卓馬 『なぜ、植物図鑑か』1973年2月刊より抜粋
『見続ける涯に火が… 批評集成 1965-1977』, オシリス 2007年刊所収