ShugoArts

小林正人

この星の絵の具

シュウゴアーツ オンラインショー

2021年2月20日(土)公開

 

小林正人による自伝的小説「この星の絵の具[中]ダーフハース通り52」が2020年10月に刊行されました。2018年に発売されたシリーズ第1作目の上巻では「せんせい」との運命的な出会いを通じて絵画の世界へ導かれ、描くことで成長する少年・小林正人の姿が広く感動を呼びました。中巻では日本のアトリエを飛び出した著者をめくるめく絵画的冒険の旅が待ち受けています。時は1996年、国際的なアートシーンを駆け回り、キャンバスを張りながら描くという独創的な絵画のスタイルを獲得した著者の青年期を描いた傑作です。

今回シュウゴアーツでは小説より小林絵画論の一端をご紹介するとともに、当時ゲントで制作されたまま国内ではあまり披露する機会がなかった大作「Unnamed #6」と「Unnamed #10」を特別な映像にしてご覧頂くオンライン展を開催いたします。

 

Special Movie  [duration 5:18]

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アイ・インバイティッド・ユー・・・・わかるか、マサァト、きみをゲントに呼んだのはきみがかつてやったことが理由ではない。きみがやろうとしていることのためなのだ。

ベルギーの伝説的キュレーターであるヤン・フートに誘われ、ゲントに降り立った小林正人を待ち受けていたのはカジノ跡地に建てられる現代美術館(S.M.A.K.)の開館準備に奔走するチーム・ヤンのメンバー、ヤンに招聘され制作に訪れるアーティスト達でした。彼らはゲントの市民も巻き込み、今生きているアート、現在進行形のアートの渦中に小林を引き込んでいきます。

 

ああ、生きて画を描くってなんだろう!?

サンパウロビエンナーレに招かれた小林正人は有形無形の様々なアートと遭遇します。時代遅れとみなされていた絵画の可能性を信じ、この世界へ向けた独自の絵画方法論を探ることを決意します。

 

「アートは、アーティストの考えた方を知れば面白い、けど知らなきゃなにもわかんねえ!って。「考え」「アイデア」「コンセプト」、これが速いようで案外遅い、速さが大事なら現実や科学のほうがよっぽど疾い!絵画は確かに現代のスピード感に合った媒体じゃないかもしれないが、見る国や時代の巡り合わせで同じ画が新しい顔を見せて生き続けていた。画の見方は変わる。てか正しい見方なんてどこにある?評価の基準も変わる。てか基準てなんだろう?とにかく速さじゃない。」

「ヤン・フートはアートがなにか?なんてわかる人間はいない、我々がすることは問い続けることだけだ、と言っていた。(略)ニューヨークの本屋で、英語の辞書を立ち読みしてて、ふと「ART」んとこ見たらこう書いてあった。
Making or expression of what is beautiful。ビューティフルなことをする・・・。」

 

壁に一本の材木を立て掛けるーこれが俺の新しい画の始まりだった。

小林作品を特徴づけるのは絵画を支える木枠がばらばらの状態から描きはじめること。木枠で構造を組み立てると同時に、キャンバスを貼りながら描くことで、画の大きさ、形、奥行き、色、イメージ等を同時に存在させようとする方法です。

 

「このキャンバスは木枠がなきゃ立てないし、この木枠もキャンバスがなきゃすぐ倒れてしまう。絵の具をキャンバスにつける瞬間は一番倒れやすい。もちろんストラクチャーは動くし変わっていく。でも絵の具が乗るともっと強くなる。”三つ”ってのは強い・・。「まるで画を支えるように画を描くんだなあ!」フィリップが急に発見した!みたいな声で言う。・・・「マサァト、きみのやり方は木とキャンバスと絵の具の三つがそれぞれストラクチャーを支え合ってるように感じるんだ」

「俺は手を使いながら絵の具とキャンバスと木枠の三つのモノの間に中間物が存在しない感覚を味わっていた。俺はただのメディウムっていうかさ・・・、”画のために自分は消える”って言えばいいかなあ?ちょっとかっこ良すぎるか・・・。絵画のストラクチャーが同時にイメージでさ・・・、精神がそのまんま肉体であるような!画だよ。」

 

「画を降ろせ!ダウーン!!!!」 (by ヤン・フート)

小林作品はまた展示会場の壁に掛かっていないことがしばしばあります。当時は掟破りの「床置きの絵」は、ゲントの展覧会会場で誕生しました。

 

「その雷みたいな声で作業員が二人あわてて駆け寄り画を受け取って床に降ろした。ストップモーションのようだった。画が床に着いた。「そうだ!ステイ。そのまま。ほら、あれらはすでに素晴らしい。・・・(略)・・・どうだ?マサァト、賛成か?」この瞬間、なにかがストンと腑に落ちた。床置きの画か。”画を壁に掛けなくていいんだ!”。そんなこと考えてもみなかった!二〇メートル先の壁に立て掛けてある二つの画の存在のしかたは俺がどこかでずっと夢見てた(かもしれない)画の姿だった。なにも飾ってない、飾らない、できたままの画、”床置きの画”。明らかに正面性がある絵画だけど、名づけられない感じだ。”絵画の子だ!”と思ったよ。名前のない・・・・。(略)俺の方法と画の在り方が初めて一致したよ。」

 

ゲントに行くってことは外で画を描くってことだったんだなあ!

あらゆる芸術にとって重要な要素である光。フランドル地方の光は小林作品の進化に大きな影響を与えました。

 

「光は色を変える。俺の手のひらの絵の具を変え、混色する指の動き、手の動き、体の感覚が変わる。太陽の光は俺の声の調子を変え、画との対話の仕方を変えた。俺は反射光に対して少し優しくなっている自分を感じていた。今までは光を受けてちゃらちゃら表面を戯れる反射光が嫌いだった。例えば洋服、ドレスのひだや窓ガラスや眼鏡の反射光だ。表面の光の効果ってやつが嫌いだったんだ。”ゲントに行くってことは外で画を描くってことだったんだなあ!” 外はあらゆる光に満ちていた。リフレクテッド・ライトー跳ね返ってくる光、太陽からの光が地面や、池や、人に当たって跳ねかえってくる、ピンポンの玉みたいに、全て対話なんだ。」

 

この星の絵の具でこの星の画を描こう!

小林正人は次々と大作を制作していきます。時には制作現場から外へ持ち出せないほどの大きさになることもありました。空間と作品は一体となり、さらにその周りを取り囲む世界と繋がり・・、画の枠はどこにあるのでしょうか。

 

「国立でやってた時「空」の周りには白い壁があるだけだった。「絵画の子」の周りには画よりひと周り大きい空間があるだけだった。ゲントに来て画が床置きになって画の周りの空間は一気に拡張した。壁に、床に、天井に、光を受けた画がパァーッ!って開いた。そこは現実の場所だった。生き生きと動いてる世界、それまで俺が全く知らなかった光、キレイ汚ネエじゃすまない生の現場は余りにも魅力的だったから俺は画と一緒に無防備でそこへ入っていった。俺の画は画が画であるまま周囲の環境に晒される。そう望んだんだ。俺は素晴らしいと思った。」

「なんていうこともなく、ふと、”この星”じゃないかな、と思った。そう思った瞬間画が動いた。画の中だけじゃない、空気も動いた。床も壁もドアも寝室の入り口も、全部!景色が一分前とは違って見える。なにが違うんだろう。分節のネジがとんだ。どこからどこまでが画でもいいと思った。ここは”この星”だ。(略)今この瞬間のかけがえのなさ、一期一会の感覚、視界はどこまで遠くに行っても、近くに寄っても”この星”だった。どこで切れてもオーケーだ。と同時に全てがオーケーになる。この明るさ、これは哲学でもなんでもない。もちろん宗教でもない。ただの感覚のスイッチを入れるだけのことだった。」

 

小林正人「この星の絵の具」Special Movieを見る

 


 

シュウゴアーツオンラインショー
小林正人「この星の絵の具」
公開:2021年2月20日(土) より
プレスリリースPDF

展覧会企画担当 石井美奈子
映像編集 大谷樹生
撮影 武藤滋生

 


 

 

小林正人『この星の絵の具[中]ダーフハース通り52』
368ページ、ソフトカバー文庫判
デザイン:木村稔将
協力:シュウゴアーツ
発行:アートダイバー
定価:本体1,800円(+税)
2020年10月刊行
ISBN:978-4-908122-17-0

全国主要書店およびWEB書店、シュウゴアーツにて販売中

上巻『この星の絵の具[上]一橋大学の木の下で』の情報はこちら

 

小林正人ゲント時代の作品をこちらからご覧いただけます。

 


 

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