2020. 10. 24 Sat11. 28 Sat
シュウゴアーツ 六本木

キャンバス下に磁石を設置し、キャンバス上に直線を引き重ねる。目には見えない磁力によって、絵具は引き寄せられ、弧を描き、逆立つ。

髙畠依子

展覧会について

髙畠は「変幻自在のマテリアルである絵具と、無限の織り構造をもつキャンバス。この二つをどのように掛け合わせ、一つの絵画を作り出せるか」という考えのもと、大学院在学時代に織物の構造から着想し、細く絞り出した油絵具の線を用いた絵画の制作を始めました。その後はさらに、「風」や水圧で絵具を吹き飛ばすといった物理的な力や動きを取り入れた制作手法を生み出していきます。その作品はしばしば物質の現象を絵画表現として成立させるための仮説に基づいた実験を経て制作されるため、科学的・工学的なアプローチと評されてきました。

 

我々が存在する世界の現象へ向けられた多大な好奇心が髙畠依子の原動力となっていることは間違いありません。2018年にシュウゴアーツで「水」による作品の発表を行ったあと、翌年にはソウルにて「火」による熱の変成作用を用いて制作されたシリーズを披露しました。いずれも観察を通して絵具の未知なる特性を追求する行為が制作の基盤に据えられています。その一方で理系的アプローチだけを拠り所とするのではなく、水を創造の源泉、熱を生命の誕生と捉えるなど芸術家としての豊かな感性が、制作技術や科学的事物の単なる援用に陥らない深みを作品に与えています。しかしながら感覚的な表現は髙畠にとっては主眼ではなく、裏付けと具体的な手法を用いて新たな視覚芸術の提示を果敢に試みる真摯な姿勢には、イタリアルネサンスから印象派、抽象表現主義に及ぶ自然科学と人文科学の調和を目指した芸術家たちの系譜を思い起こさせるものがあります。

ShugoArts

左から)髙畠依子《ヴィーナス, 噴火 PR3 》2019; 《ヴィーナス, 熱圧 PBk6 PW6 PM1》2019; 《ヴィーナス, 燃 PR3 》2019. シュウゴアーツショー展示風景, 2019

今回は新たに「磁力」に対する考察をもとに新作の展示を行います。「火」の制作を行った際に、焼け焦げて炭化した絵具をみて触発されたという本シリーズは、酸化鉄から成る黒色顔料・マルスブラックと強力な磁力を用いて制作されています。キャンバスに絞り出された絵具の線が磁場に接し、磁力の反発や引き合いによって形を変容します。従来の手法に比べ、より瞬時に素材の力を引き出し結晶化させることで強固な画面を現出させています。地表の岩石や砂に酸化鉄を多く含む惑星MARS(火星)になぞらえて題されたタイトルの通り、表層からその内奥へ迫る意欲的な作品群です。

ShugoArts

髙畠依子, MARS, 2020, acrylic, pigment, iron sand on canvas, 41x32cm

思えば2020年は我々が自然界の目に見えない存在に脅かされ、既成概念に警鐘を鳴らされた年でした。本来の世界に属するものごとの在りようを冷静に受け止めその本質を探り、知的興味に導かれて新たな表現への到達を目指す高畠の絵画は今こそ大きな意義をもって立ち現れ、絵画の未来を照らし出すのではないでしょうか。

2020年9月 シュウゴアーツ

ShugoArts

髙畠依子, MARS, 2020 (detail)

展覧会情報

髙畠依子「MARS」
会期

2020年10月24日(土) – 11月28日(土)

会場

シュウゴアーツ

開廊時間

火〜土曜 12:00−18:00 (日月祝休廊)

企画

石井美奈子

オープニングレセプションは開催いたしません。新型コロナウィルス対策のため開廊時間を短縮しておりますのでお出かけの際にはご注意ください。
Yoriko TAKABATAKE | ShugoArts
髙畠依子
Yoriko TAKABATAKE

1982年福岡県生まれ、東京都在住。2015年アニ・アルバースの研究のためレジデンスを行う(コネチカット州・ジョセフ&アニ・アルバース財団)。髙畠は素材の物質的な現象を通して、絵画を平面的な捉え方から拡張させ、物理的な構造を持つ存在へと展開してきた。ラスコー洞窟壁画やナスカの地上絵などから世界の大きさを肌で感じつつ、素材との対話の中で生まれてくる作品は、イメージを描くことでは生まれることのない物質的空間を持ち、髙畠の手によって生成された作品である。

 

主な個展に「LINE(N)」シュウゴアーツ(東京、2024)、「CAVE」シュウゴアーツ(東京、2022)、「MARS」Gana Art Nineone(ソウル、2022)、「MARS」シュウゴアーツ(東京、2020)、「VENUS」Gana Art Hannam(ソウル、2019)、「泉」シュウゴアーツ(東京、2018)、「水浴」シュウゴアーツ ウィークエンドギャラリー(東京、2016)、「Project N 58 髙畠依子展」東京オペラシティアートギャラリー(東京、2014)。主なグループ展に「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」アーティゾン美術館(東京、2023)、「FUJI TEXTILE WEEK 2021」富士吉⽥中⼼市街地ほか(⼭梨、2021)、「TRICK-DIMENSION」TOKYO FRONT LINE(東京、2013)、「アートアワードトーキョー丸の内 2013」(東京、2013)、「DANDANS at No Man’s Land」旧フランス大使館(東京、2010)。主なコレクションにアーティゾン美術館。