70年代、電子音の合成による大音響の作品制作を続けているうちに2つのことが気になるようになった。1つは、どれだけ波形を複雑に組み合わせても、どれも同じような音にしかならないこと。そしてもう1つは、大きな音は、最初に体験したときが一番面白く、2度、3度と聞くと、その音量に慣れてしまい、急速に刺激が薄れていくことであった。
このような不満から、80年代に入ってシンセサイザーを使うのをやめてしまった。すると、それまで気にも留めていなかった日常の音が面白く聞こえてきた。本のページをめくる音、コップをテーブルに置く音、服の擦れる音、自動販売機から飛び出るコインの音……それらの「何でもない」音はけっして人工的に波形を合成して作れるような単純なものではなく、非常に密度の濃い内容を持っていたのだ。そして、それらの音のほとんどは小さな音であるにもかかわらず、それぞれが個性を持ち、環境に対し生き生きと主張しているように聞こえた。
藤本由紀夫
初出:藤本由紀夫「音が創る音楽―サウンド・ミュージアム」(『生命誌』通巻11号, JT生命誌研究館, 1996年1月, 14-15頁)