あらゆる⼈、あらゆる場所にはその⼈やその場所固有の記憶、歴史があります。
ロンドンをベースに仕事を続ける写真家⽶⽥知⼦の制作はリサーチから始まります。彼⼥の⼤事な仕事場の⼀つが⼤英図書館であるように、関⼼対象の⼊念な調査ののち、歴史上の⼈物の記憶、あるいは歴史的な記憶が強く残る場所を訪れ写真にとどめることによってその真実に迫っていく独特の⼿法は、⽩⿊写真においてもカラー写真においても今⽇性を伴った知的な冴えが光る、エレガントな作品群として評価されてきました。
⽶⽥がこれまでに訪れた場所には⽬をみはるものがあります。
ソ連崩壊直前に独⽴を遂げたエストニア、ソ連崩壊後欧州連合EU に帰属したハンガリー(「雪解けのあとに」2004 年)、⽶⽥の郷⾥であり阪神淡路⼤震災で壊滅的な被害を受けた阪神地区(「震災から10 年」1995/2004年)、レジスタンスの秘かな拠点だったイタリアの⼯場地区(「The city rises」2006 年)、⼆つのキリスト教コミュニティに分断された北アイルランド(「One plus one」2007 年)、ゾルゲとその仲間たちの調書に記された⽇本各地の密会場所(「パラレルライフ」2008 年)、独⽴運動の軌跡を辿ったバングラデシュ(「Rivers becomeoceans」 2008 年)、旧⼤⽇本帝国時代の病院がやがて軍隊内警察の本部となったソウルの建物(「Kimusa」2009 年)、台北各所に残存している⽇本占領統治時代の⽇本⾵家屋(「Japanese House」2010 年)、東⽇本⼤震災を軸に⽇本⼈の近代の傷と記憶の再考する要となる福島、広島、東京(「積雲」 2011-12 年)、ロシアと⽇本に分割統治されていた北⽅の島(「サハリン島」2012 年)、朝鮮半島を⼆分する⾮武装地帯(「DMZ」2015年)。
以上のシリーズはいずれも⾃らその地を訪れ撮影をしたものです。あるいは1998 年から続く「シーン」シリーズではアジアをはじめ、ヨーロッパ、中東を訪れ、⽬の前に広がる穏やかな景⾊の中には現れない、その場所に刻まれた歴史的事実とそこに⽣きる⼈々の記憶を作品に結実させてきました。
今回の展覧会で披露されるのは『異邦⼈』『ペスト』など20 世紀を代表する⼩説を著したカミュの軌跡を辿った「アルベール・カミュとの対話」(2017-18 年)です。
1913 年仏領アルジェリアでヨーロッパからの⼊植者の家系に⽣まれたカミュは、⼆つの世界⼤戦、フランスの植⺠地政策を背景とした移⺠差別や政治問題、アルジェリア独⽴戦争など多くの苦難に翻弄されながら混沌とした時代を⽣き、暴⼒に満ちた不条理な世界で我々はどうあるべきかという主題を著作のなかで繰り返し追求しました。⽶⽥はカミュの著作や時代背景、彼の⽣き⽅を再考することの重⼤さを感じ、彼の⾜跡を辿るべくアルジェリアとフランスに向かいます。第⼀次世界⼤戦下の1914 年に本国フランスで戦死したカミュの⽗を起点に、アルジェやティパサ、マルセイユ、パリなどを訪れ、カミュが⾒た世界に⾃らの眼差しを重ね合わせていきました。第⼆次世界⼤戦後に発表されたカミュのエッセイ『Neither Victims nor Executioners』(本邦未訳)には、” 犠牲者でもなく処刑者でもない何者かであること ”という意思表明が記され、それから半世紀以上経つ今⽇の世界でこそ吟味すべき問いかけだという⽶⽥の思いがこの展覧会に込められています。
本シリーズは2018 年春にフランスのパリ⽇本⽂化会館で開催された展⽰を⽪切りに、上海ビエンナーレ(2018-19)での展⽰を経て、東京での初披露となります。当シリーズから本展覧会のために再構成された作品群、並びにフィンランドを代表する現代⾳楽家トミ・ライサネンのサウンドインスタレーションを組み込んだ映像作品を展⽰します。アマナサルトの協⼒を得て実現したプラチナプリント作品『友への⼿紙』(2017-18)も併せて発表いたします。
今展覧会は、パリ⽇本⽂化会館、並びに同地での展⽰のキュレーションと調査協⼒に尽⼒をされた岡部あおみ先⽣のご厚意で実現するものです。この場を借りて深く御礼を申し上げます。オープニングの4⽉13⽇には岡部あおみ先⽣と⽶⽥との対談が実現の運びとなりました。
また2020 年にマドリッドのマフレ財団で予定されている個展に合わせて、⽶⽥にとって初の包括的な写真集が出版される予定です。今後の⽶⽥の活動にますますご注⽬いただき、貴媒体にて本展をご喧伝いただければ幸いです。
本展覧会の作品は国際交流基金/パリ日本文化会館における「『トランスフィア(超域)』#5 『米田知子 アルベール・カミュとの対話』」展のために制作されました。