筆を握り絵を描くとき、感情のバロメーターがぐっと振り切れる。
身体の中の血が騒ぎ、ほとばしるような鮮烈な体験をキャンバスに刻まずにはいられなくなる。
心のバロメーターが振り切れるとき、勇ましい武士のような気持ちでキャンバスに向かう。
深く深呼吸をして思い切り吐き出すと指先から伝わる熱は色になり形に変わり、
やがて物語が生まれる。
何か頭の中にあるものを考えて描きたいのではない。
空間と記憶を掘り起こしてもう一度鮮烈に蘇る体験に出会いたいのだ。
探るように感情と記憶と今を混ぜ合わせ、私はもう一度キャンバスに記憶する。
私の肉体が滅びても、ここに生まれた作品がもう一つの人格を持ち生き続けるように、
私はアトリエで絵という種を蒔き、水を、光を、風を、熱を、一枚の絵に送りこむのだ。
ここにある絵が誰かの手に渡り、そこで絵は成長する。葉が出て花が咲き、
また新しい種になるだろう。
私にとって一枚の絵は、未来をつくるはじまりの希望の種だ。
2017年5月 近藤亜樹