風で飛ばされた絵具が水面を漂い、熱されることで溶け、色が変化し酸化する。
地中へ引き寄せられ、堆積する。
髙畠依子 2022年10月
風で飛ばされた絵具が水面を漂い、熱されることで溶け、色が変化し酸化する。
地中へ引き寄せられ、堆積する。
髙畠依子 2022年10月
展覧会について
2016年以降、髙畠依子は森羅万象の循環の中に絵画の生成過程を捉え、「風」、「水」、「火」、「磁力」といった自然の力を作品に取り込むようになった。アトリエで素材や技法の実験を重ね、観察に基づいて模型や仮説を作り上げていく科学的な制作手法によって絵具とカンヴァスの関係を探求してきた。本展の制作にあたり髙畠はさらに歩みを進め、地球の内奥に目を向ける。「CAVE」と称された一連のシリーズは、2019年にラスコーや先史時代の洞窟壁画を求めて旅をした髙畠が、人類史上初の絵画が描かれた洞窟空間や鍾乳洞にインスピレーションを受けたことに始まる。二酸化炭素を吸収しながら徐々に石灰岩へと戻り固まっていく漆喰を絵具として用い、長年研究してきたカンヴァス地の特性を生かし、ニードルパンチ、カッティング、縮絨、玉結び、しわ加工を施した麻布に繰り返し浸している。重力によって粒子が徐々に堆積し、あたかも鍾乳洞が生成するかのようにカンヴァスと素材が反応しあって形態が作られる制作手法を編み出した。
髙畠依子, CAVE, 2022, 漆喰, PVA, アクリル, キャンバス, パネル, 145.5×145.5cm (部分)
髙畠はまた高松塚古墳に訪れた際、古墳に海水が流入した際の水の跡や岩石に含まれる金属が酸化して生まれた色彩に気づきを得た。本展では金属系天然顔料の黄土、ベンガラ、緑青を用いて、繰り返しカンヴァスを液体に深く沈めて色彩の層を作り出した作品群も展示する。
このように帰納的である髙畠の制作の根本に、地球上にある物理的現象を用いて作品をこの世界に発生させるという大きなテーマが以前よりあったことを踏まえると、それが前述のように風、水・・・と形を変えて具体化されてきた過程がよく理解できる。また髙畠にとってそれらの概念に対する現実は作品ということになるだろう。
壮大な科学的ロマンをペインティングのフォーマットに結実させ、鑑賞体験へと転換させている点にこの作家の特異性がある。髙畠の絵画は様々な環境的、偶発的な要因を受けて地球に発生したなにものかであるように、それ自体が独立した生成物として力強い存在感と空間的な奥行きを放ち、向かい合う鑑賞者の想像力を喚起する。ぜひ会場にて体験頂きたい。
シュウゴアーツ 2022年
髙畠依子, CAVE/弁柄, 緑青, 2022, 漆喰, 土, 顔料, PVA, アクリル, キャンバス, パネル, 116.5×80.5cm
髙畠依子, CAVE/弁柄, 2022, 漆喰, 土, 顔料, PVA, アクリル, キャンバス, パネル, 116.5×80.5cm
1982年福岡県生まれ、東京都在住。2015年アニ・アルバースの研究のためレジデンスを行う(コネチカット州・ジョセフ&アニ・アルバース財団)。髙畠は素材の物質的な現象を通して、絵画を平面的な捉え方から拡張させ、物理的な構造を持つ存在へと展開してきた。ラスコー洞窟壁画やナスカの地上絵などから世界の大きさを肌で感じつつ、素材との対話の中で生まれてくる作品は、イメージを描くことでは生まれることのない物質的空間を持ち、髙畠の手によって生成された作品である。
主な個展に「LINE(N)」シュウゴアーツ(東京、2024)、「CAVE」シュウゴアーツ(東京、2022)、「MARS」Gana Art Nineone(ソウル、2022)、「MARS」シュウゴアーツ(東京、2020)、「VENUS」Gana Art Hannam(ソウル、2019)、「泉」シュウゴアーツ(東京、2018)、「水浴」シュウゴアーツ ウィークエンドギャラリー(東京、2016)、「Project N 58 髙畠依子展」東京オペラシティアートギャラリー(東京、2014)。主なグループ展に「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」アーティゾン美術館(東京、2023)、「FUJI TEXTILE WEEK 2021」富士吉⽥中⼼市街地ほか(⼭梨、2021)、「TRICK-DIMENSION」TOKYO FRONT LINE(東京、2013)、「アートアワードトーキョー丸の内 2013」(東京、2013)、「DANDANS at No Man’s Land」旧フランス大使館(東京、2010)。主なコレクションにアーティゾン美術館。