
| 2011 | 「生きていたから見れた素晴らしい世界」, シュウゴアーツ(東京) |
|---|---|
| 「果てしなく快適な生活」, 16 Bungee(ソウル) | |
| 2008 | 「三ツ境」, シュウゴアーツ(東京) |
| 2010 | 「Day to-day」, MARTOS GALLERY(ニューヨーク) |
|---|---|
| 2009 | 「ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」, 原美術館(東京) |
| 「Hello! MIHO KANNO」, 東京ワンダーサイト渋谷(東京) | |
| 「福武ハウス in 越後妻有アートトリエンナーレ2009」(新潟) | |
| 「Twist and Shout」, Bangkok Art and Culture Centre(バンコック、タイ) | |
| 2008-2010 | |
| 「ネオテニー・ジャパンー高橋コレクション」, 鹿児島県霧島アートの森(鹿児島)/ 札幌芸術の森美術館(北海道)/ 上野の森美術館(東京)/ 新潟県立近代美術館(新潟)/ 秋田県立近代美術館(秋田)/ 米子市美術館(鳥取) | |
| 2008 | 「VOCA展」, 上野の森美術館(東京) |
| 2007 | 「ritual」, 東京ワンダーサイト渋谷(東京) |
| 2006 | 「4人展」, シュウゴアーツ(東京) |
| 「福武ハウス in 越後妻有アートトリエンナーレ2006」(新潟) | |
| 2011 | 「併走論」, トーキョーワンダーサイト渋谷(東京) |
|---|
| Musee d’Art Moderne Grand Duc Jean(ルクセンブルグ) |
| 国際交流基金 |
1.原初的風景と人工的脚色
千葉正也は、顔の無い白い彫像や仮面だけが居住する荒涼とした場所を描く謎めいた風景画で知られる。その絵は、何かの災厄によって原始の段階に戻ってしまった文明の遺跡のような雰囲気を漂わせながら、彫像や仮面を支える木の棒や、描かれた風景と同じ風景を映し出す写真といった人工的な小道具を故意に見せることで、その虚構性を暗示する。 彼の絵による対立する要素の対置は、「シュルレアリズム」というカテゴリーを超えて独特な効果を生む。それは、覚醒した意識の縁でぎりぎり保たれている夢の光景の感触を与える。つまり、それは、夢を見ている人によって夢と意識されながらも、その身体的心理的な効果のために、生きられた現実と感じられ維持されている幻想のようなものを与えるのだ。同時にその幻想は、そこから距離をとりながら、いつ観客にその人工的な性質を明かすべきかを計算している、分析的な観察者の意識に浸食されている。
たとえば、『ロッキーの友人3』と『お盆に登山する』という、2004年の2枚の絵を見てみよう。最初の絵では、白い顔のない彫像が、粗い岩肌の山の眺望の前に立って片手を伸ばして拳を下にするという謎めいたジェスチュアをとっている。2枚目の絵では、同じような白い像が別の山の前に浮かんでいるが、その身体を支えている木の棒が見えていることによって、その操り人形的な状態が明かされている。このように、表現の焦点のちょっとしたずらしがこれらの絵の機能や効果を、幻想的なものからメタフィクション的なものへ、或いは、魔術的なものから皮肉なものへと変えてしまう。
千葉による幻想からの皮肉な距離の取り方の度合いの変化は、『平和な村』という絵のシリーズにわかりやすく示されている。06年の最初の絵では、8体の仮面やオブジェが、まるでトーテムを背負う記念碑のように、青い湖を囲んだ原初の森の前に立っていた。その07年、08年、11年のヴァリエーションでは、作家による遺跡の幻影の執拗なまでの追求と、その創造のプロセスの段階的な提示や回を追う毎に進む幻影の破壊が、同時に示された。例えば07年版では、仮面やオブジェを載せたテーブルが黄色い砂漠の前に立ち、08年版では、より多くのオブジェを載せた2台のテーブルと黒い事務椅子が、滝へと流れ込む大きな河と対照的に配置され、さらに、11年版では、赤くごつごつした岩肌の山の峰を背に、棚にアニメのフィギュアのようにきちんと並べられた40以上の小さなオブジェが、これからも続いていく新たな氷河時代の物語の「登場人物」として陳列されていた。
2.アレゴリーの具現化と視覚的情報のインターフェース
千葉の絵画は、こうして、原初的風景のアレゴリー的描写とその分析的説明の間で揺れ動く。その創造はまた、触覚的なものと想像的なものという二つの動力に突き動かされている。千葉は、高さ10—50センチメートルくらいの紙粘土のオブジェを作り、それを実際の風景や風景写真の前に置いて、架空の情景を描いてきた。この、幻想と分析、触覚的な物質性と純粋な虚構との間の彼の揺れ動きは、正反対のスタイルとテーマを持つ作品群を生み出してきた。その両極化は、千葉の二つのシュウゴアーツにおける展覧会、08年12月から09年2月までの「三ツ境」と11年1月から3月までの「生きていたから見ることのできたすばらしい世界」に明確に現れている。
原初的な風景の前に立つ像のモチーフを受け継ぎながら、「三ツ境」に出展された作品は、より強化された記念碑性と物質性を見せた。代表的な絵画『三ツ境』は、二枚のキャンバスを繋ぎ合わせて作られた259センチと330センチの大型のキャンバスで、70センチの台の上に展示された。そこでは、以前の作品よりも高い密度で植物の茂った原初の森が描かれ、紫とピンクの色調と厚い塗りや大きな筆跡によって、絵画表面に有機的な成長の勢いと触感の印象が与えられていた。白い像は3次元性の錯覚を招くダイナミックなモデリングとライティングを施され、彫像に生命が宿ったかのような異界的な印象を漂わせていた。出展された多くの絵では、架空のイメージが、誇張された触感や人間の身体を印象付ける展示形態を伴うことで、絵画と彫刻の間の境界の意識的な浸食が行われていた。『泣き頭』では、顔のない像が枝を広げた大木を背に大粒の涙を流している様子が、失われた文明を悼んで泣く壊れたロボットのような逆ユートピア的幻想を呼び起こす一方で、頭が置かれたテーブルや頭を支える木の棒や、頭の後ろに接着されたホースが、奇妙な形の噴水から出水するための装置という日常的な説明をほのめかした。同時に、この絵を台に乗せ、木枠で支えて展示する仕掛けは、絵の高さがほぼ160センチメートルとなり、像の頭が普通の成人の眼の高さよりやや下にくるという状態によって、観客に、人と眼を合わせて立っているような感覚を与えた。この絵の身体的効果は、絵の具を厚く塗ることによってごつごつした岩のような感触の印象を与える、硬く凹凸の激しい絵画表面によっても、強化されていた。
これとは対照的に、「生きていたから見ることのできたすばらしい世界」展の絵画は、端正な室内的雰囲気をたたえていた。その雰囲気は、滑らかな塗りと、様々な資料から細部を拾い組み合わせて荒野の情景を人工的に構築する千葉の創造のパスティーシュ的性格を強調するイメージ群によって、伝えられた。『ヘビくん』では、千葉の以前の作品に現れたオブジェが、ソファやサイドテーブルや他の調度の上に小さな装飾品のように置かれ、絵画に現れたものと同じような風景を映した小さな写真が部屋のそこここに飾られている様が描かれる。紙製の蛇がソファを花飾りのように一周する様子が楽屋的な雰囲気を強化し、脅威を取り除く一方で、個々の写真は荒々しい自然の連想を誘う窓として機能し、日常的な現実の下にある異質な生の相を暗示する。このような、魔術的要素と皮肉な要素の対置は、『50人のリビング・ルーム』でも、繊細なバランスで実現されていた。そこでは、紙粘土のオブジェや、写真や、大小の描きかけの絵などが置かれた画家の部屋が描かれ、全てを均質化するフラットな光が、北方ルネサンスの絵画のように、個々の事物にアレゴリー的な意味を与えている。いくつかの絵画や、写真や、像や手袋やボウルなどが、椅子に寄りかかって座る二人の人物の輪郭を象るように配置され、人間の個性は様々な情報の集積によって構成されていることが冷静に示唆される。オブジェの他にも部屋に点在する、Ipod, CD、本などの、個々の事物によっても暗示される、可能な意味の偏在は、連想の宇宙を広げるとともに、不明瞭な象徴から生じる響きの叛乱のなかへの意味の喪失を暗示していた。こうした、凡庸な事物に不透明なアレゴリー的光を投げかけることで日常の現実を不安定にし、即物性と精神性の間で宙吊りにする千葉の方法から、彼の絵画が魔術的リアリズムの一種であることが明確になる。「生きていたから見れた素晴らしい世界」展の多くの絵は、ある評論家によって「日常的現実のごくありふれた対象を描きながら、当の事物にこの世の外の、いわば世界関連外の光を照射して、事物を『形而上的妖怪的』空間の中に立ち上らせるリアリズム」と描写された、ワイマール共和国時代のノイエ・ザハリヒカイトの絵画を思い起こさせた。(注1)
3. 美術史とその不安
千葉の絵画におけるアレゴリーと皮肉の間の揺れ動きは、美術史の重荷に抵抗して独創性を獲得しようともがく後期近代主義の時代の画家の悩みと長所を映し出す。彼による「絵の中の絵」の使用は、既成の絵画や豊富な視覚的資料に画家が多くを負っていて、既成の視覚的資料の再利用をしていることを認めている。しかし、そういう人工性の認証にもかかわらず、千葉のイメージは、深い心理的な魅力を損なわない。そのひとつの理由は、彼による、文明の遺跡や終わりと始まりの間にある世界の繰り返される描写に、不要な文化的記憶をそぎ落とし、創造力の再生を願う気持ちが投影されているからだろう。
既成のイメージの使用と文化的な白紙状態への憧れを同居させているという点で、千葉は、スウェーデンの優れた現代画家ママ・アンダーソンと共通項を持っている。彼女もまた、過去の名画を含む小さな絵画を自分の作品に登場させる。同時に彼女は、図書館や美術館のような文化的記憶の所蔵庫における見慣れた現実の解体を、人物や風景をオプ模様として描くことで暗示する。そういう模様は、具象的なイメージが実際に点や皺に溶解していく姿を示しながら、目眩のような効果を観客に与える。例えば、アンダーソンの05年の絵画『神々に触れられて』では、図書館の床が、溶けたイメージのどろどろした流れのなかから立ち上がる幽霊のような人の群れによって占拠される姿が示されているが、それは、中央の壁にかかった絵から抜け落ちた中身であることがわかる。横の壁の棚に置かれた小さなパネルには、エドヴァード・ムンク、ピーター・ドイグの絵と並んで彼女自身の絵も描かれている。陳列ケースを覗き込んでいる一人の閲覧者の身体の一部が消え始め、幽霊と人が同じ次元で生きていること、あるいは、シミュラクラ(幻想物)が現実の生を覆っていることを暗示する。千葉の『50人のリビング・ルーム』でも、人の姿は絵の材料によって取り代わられ、人間が情報の山のなかに消えていくことが示されていた。同時に、11年の『平和な村』では、自然が画家のアトリエへと侵入していた。そこでは、工房的雰囲気とは裏腹に、山の尾根を照らし出すぎらつく光が山の硬くごつごつした質感を強調し、幻影の心理的現実性を伝えていた。そこではイメージは、否定しがたい身体的効果を持つ幻覚に近付いていた。
4.ディープ・イメージとシミュラクラ
千葉の心理的身体的な効果を持つ原初的な自然のイメージは、アンダーソンの、幽霊が現れる美術館や図書館と交互に描かれる、白樺の林や湖や岩だらけの海岸のような、感情的負荷と不穏な象徴性を合わせ持つスカンジナビアの風景と同様に、「ディープ・イメージ」と言われる詩的イメージの一種であると考えられる。ディープ・イメージとは、1960年代に、ロバート・ブライやジェームズ・ライトのようなアメリカの後期モダニズム詩人によって定義され洗練されたカテゴリーだ。 それは、個人の精神が個人的自我の境界を超えて外界の現象や生物との関係を確立することを可能にする無意識の知覚パターンを捕える、原型的なイメージを意味している。(注2)日常の情景や風景のなかで見いだされた具体的な細部は詩人によって集められ、その心理の深部からくる衝動に従って隠喩的に変形され凝縮されて、シンプルだが多層的な意味を持つイメージへと作り上げられる。(注3)
千葉のイメージは、手作りのオブジェや現実の風景や印刷されたり描かれたりしたイメージを組み合わせて作られていること、また、荒涼とした自然を訪れる白い顔のない像というシンプルなイメージによって様々な解釈を誘い、とりわけ無常を示唆して現代におけるヴァニタスとして機能することから、「ディープ・イメージ」と考えることができる。しかし、「ディープ・イメージ」の初期の例は、06年の絵画『プリティM』にも見いだされる。そこでは、一対の大きな眼が正面玄関の上部の壁に描かれた建物が、人気のない山里の夕闇のなかで、3つの缶に炊かれた火の灯りに照らされて浮かび上がる姿が描かれる。そのイメージは、『偉大なるギャツビー』の眼科医の看板のエピソードを思わせながら、宗教的、感情的、SF的な文脈を喚起して、観客の記憶に従ってその連想の場を広げる。千葉は、この超現実的な絵の原型を、新潟県の村落部にある建物の玄関の上の壁に眼を描くことで作ったが、火などの、他の状況から抜き出された細部を組み合わせることで、彼の心の中の幻想を最もよく翻訳する「深いイメージ」を形成した。(注4)
千葉の絵画は哲学者ジル・ドゥルーズによって定義された「シミュラクラ」の概念も体現している。彼はそれを、「知覚の出来事」、「宇宙的で非人格的で個別化以前の特殊性」を実現する、論理的な因果関係や個人の自我から解放された心理的な形成物と説明した。(注5)古典哲学によって提出された二つのシミュラクラの定義を比較しながら、ドゥルーズは、プラトン派のシミュラクラがコピーを表すのに対して、エピキュロス派のシミュラクラは、現実の現象の特殊性に起因する純粋な創造の産物を指していると言う。初期段階において、エピキュロス派のシミュラクラは、身体の深部から発する身体的効果、つまり、音や香りや味や温度のようなものと、表層の視覚的様相、即ち、色や形、の合成から、その原因だった物とは異なるイメージを形成する。さらに進んだ段階のシミュラクラは、もとの現象から全くかけ離れた「幻想」(phantasm)とも言える、自律的なイメージを表出させる。それは、夢を見る人の内的な衝動に従って細部を選び圧縮することで作られる夢のイメージと同じものである。(「アニムスにそれ自体で存在する夢のヴィジョンを提供する」)(注6)
千葉のイメージは、エピキュロス派のシミュラクラの初期と進んだ段階の間に存在しているようだ。彼の創造が、想像的なものと触覚的なものという、二つの両極の衝動に支えられていることが、このことを証明している。「古本や自分で撮った写真や実際の風景」など様々な視覚的資料からイメージを採取する一方で、千葉は、彼のオブジェを手で作り、それらを現実や写真の風景の前に置いて、その距離や存在感を感じながら描くことで、身体的な効果を持った想像的な絵画を描いてきた。別の言い方をすれば、触覚、あるいは、身体的な存在の感覚が、千葉の夢のイメージの現実感を支えている。それは、ちょうど、本物の夢のなかで、もとの経験は奇妙な状況に変形されていても、その状況は生々しい実感を保っていて、夢を見る人の心理には、実際に生きられた体験として感じられるのと同じことである。このことは、千葉の作品に03年から現れていた燃える家のイメージへの扱いに、とりわけよく現れている。このイメージを描くために千葉は、小さな家の模型を作って燃やし、「映画などによってロマンチックにされすぎている、火が燃えるという感覚を取り戻す」ことを試みた。(注7)燃える家のイメージは、彼の幾つもの絵に現れている。それは、或るときは絵に象徴的なニュアンスを与え(『プリティM』)、また或るときは静物画に生々しい手触り感を与え、(『ジャングル』)、別のときには象徴性と身体的効果を組み合わせたりする(07年の『無題』)。
こうした千葉の「ディープ・イメージ」作りの方法は、直接の影響関係はなくとも、やはり、ママ・アンダーソンやピーター・ドイグという現代の重要な画家の独自の工夫のうちに、同時代的先達というべき姿勢を見い出すのではないだろうか。この二人の画家も、魔術的リアリズムの雰囲気や、現代の文化の解体を表現している。彼等の絵画は、「解体」の感覚を主題として表現するだけでなく、人や事物を点や皺のような模様として描き、ぎらつきやちらつきのような視覚的効果を引き起こす技法によって、視覚の脱中心化という体験をとおして観客にそれを実感させる。ドイグの2000年の絵画『山の中の人物(形象)』でも、フードを被った人物の顔は波形の模様の内に溶解し、周囲の風景を満たす同様の模様が生み出す揺れやちらつきの錯覚に呼応するように見えた。ドイグもまた、本やレコードジャケットなどから採った写真をはじめとする様々な資料をもとに彼の心に叶うイメージをつくり出す。そのイメージはしばしば、彼個人の記憶や感情を超えて、観客も共有できる深い心理的幻影になっていると指摘される。(注8)千葉もまた、自分のやり方で彼の絵画を知覚体験の媒体にしようとしてきた。彼の「三ツ境」展の絵画では、絵の表面に3次元的な物質感をもたらす厚塗りや、キャンバスの端を木枠からはずして観客に見せる行為や、絵に彫刻のような存在感を与える台の上に乗せる展示といった工夫が、絵を2次元の錯覚から解き放とうとする彼の努力を表していた。そのような、観客の知覚の直接的操作から、再び、2次元の絵画平面に立ち戻り、比喩や表象をとおして作家の心の内外の出来事が平等の現実感を持ち、互いに影響を与え合う領域であることを示唆したのが「すばらしい世界」展の作品群であったのだろう。
5.永遠と無常−−或いは亀の夢
これまでの考察から、千葉は、視覚文化の途方もない重荷と創造の危機のなかで現代美術としての絵画活動を維持する可能性を探求していると推察される。新しい絵画のスタイルを発明するのでなく、ほとんどリアリズム的と言える具象的な形によって内的イメージを表現しようする千葉の方法が、美術史のなかの後続としてのポジションを冷静に受け止め、先駆者の超克という近代のゲームには加わらずに、同時代の観客に対する視覚的現実と正当性を与えようとしている彼の姿勢を表している。千葉の絵画の現代的な訴求力は、3つの点で明らかである。つまり、1)物語的幻想とアレゴリーを異化する皮肉なものの見方の組み合わせ、2)触覚的要素と想像的要素の弁証法的な使用、つまり、様々な視覚的資料を選抜して作った想像的な構築物を身体的効果によって修正することで純粋な幻想物であるシミュラクラを作り出す手法、3)原初の自然や文明の遺跡や新しい文化の再生を待つ世界のイメージの創造である。
千葉による原初の自然や身体性の追求は、今日の日本の若い作家たちに共通の身体的で集合的なものの探求との強い類縁関係も、持っている。例えば、小さな断片から成る巨大なドローイング作品を制作する鈴木ヒラクや、たまたま訪れた公共の場で即興的にダンスを振り付けるダンスグループ、コンタクト・ゴンゾは、無名のグラフィティから言語表現を示唆する身振りを集めたり、格闘技やストリートファイティングのような形で突然繰り出される攻撃への直感的な反応として新たな動きを作り出すことで、正当化された言語システムや個人の作家性を超えたコミュニケーションの方法を模索している。千葉の作品は彼らのそれよりも古典的に見えるかもしれない。しかし、役割の固定された仮面や像を繰り返し使い、見せている光景が虚構であることを明らかにしながら、その表出のたびに観客にそれを現実的な幻として体験させる彼の方法は、能における、役割や意味が厳密に決められた面や所作をとおしてそこにない時空が呼び起こされ、たとえ何百回と上演された演目であっても、その度に観客は幻の現前を信じるという、「醒めながら見る夢」の創造をなぞっていると言えよう。
虚構性を強調しながら人工的演出を超えた知覚的想像的体験の絵画における現出を目指す千葉の姿勢は、「すばらしい世界」展で見せられたひとつの慎ましいが謎めいた作品にも現れている。それは、『亀の生活』という名の作品だ。そこには、亀と小さな木彫りの裸婦像がはいった透明な水槽を横から見た光景が描かれている。水槽の三方には黒人の女性シンガーらしい肖像を納めた額縁(のドローイングか写真)がかけられるか描かれるかした紙が巡らされている。水槽の上部に水平に設置された蛍光灯が、全てをニュートラルに見せる光を投げかけて、イメージと水槽との距離を測りにくくしている。それは、あたかも、異なるレベルに存在するもの全てを、個人の意識の限界を超えて絵のなかに統合しようとする作家の意思の表れのようだ。亀もまた、像の方に頭をもたげ、その胸の前に拳を結んだ片手を持ち上げている像の強調された動作のアレゴリー的意味を読み取ろうとするかのようだ。例えば、自然の永続に対する人間の表象作用のはかなさといった。しかし、それ自体の独自の知覚領域を持つ亀に対して、合図や象徴は意味をなさないために、全ての連想は宙に浮き、絵の意味はわからないままに残されている。この絵は、人間の意味を与えようとする視線を超えて存在している「ありのままの物」の世界を現わしているのかもしれない。それでも、具象的な形は、人を解釈へと誘ってやまない。例えば、亀の姿は、アキレスによって決して追いつかれることのない亀の歩みをとおして「無限」へのメタファーを示す、ゼノの逆説を想起させる。そのような連想によって、この絵は、観客と画家の間の決して縮まらない距離を暗示しているようだ。画家がどれほど観客に対して彼の手の内をみせて、次の絵画的展開を予想するための材料を与えたとしても、画家は常に観客の予想の少し前を歩いている。見慣れたものを組み合わせて、有限な世界に存在する変化への限りない力を見せるための、新たな驚くべき方法を見いだしながら。
注
1種村季弘『魔術的リアリズム:メランコリーの芸術』(東京:パルコ出版、1988, p. 10.
2 James E. B. Breslin, From Modern to Contemporary: American Poetry, 1945-1965 (Chicago and London: The University of Chicago Press, 1983), pp. 176-183. 「ディープ・イメージ」は1961年にアメリカの詩人ロバート・ケリーによって最初に提唱されたが、1963年以降のロバート・ブライによる再定義と、彼や彼の友人ジェームズ・ライトの詩によって、後続の世代にも影響を与える重要な詩のスタイルで理論となった。ブライの考えは、ゲオールグ・トラークルや、チェーザレ・ヴァレホのようなヨーロッパのシュールレアリズム系の詩人の詩や、カール・ユングの心理学に影響を受けていた。
3 Ibid., p. 179; 「詩人は、その心理の、論理に先立つ原初的な層において、行きとし生けるもの全ての相互関係を体験する。そのとき彼は、自分が自然界や、他の全ての人間や、読者と共有するエネルギーに加わっていることを感じるのである」(179)(訳は松井)
4 千葉は、第3回越後妻有トリエンナーレにおいて、眼のイメージを福武ハウスの正面入り口上部の壁に描くくとともに、その建物の内部で『Pretty M』を展示した。
5 Gilles Deleuze, The Logic of Sense, trans. Mark Lester, with Charles Stivale, ed. Constantin V. Boundas (New York: Columbia University Press, 1990), pp. 273-4 原書である『Logique du sense』は、1969年に出版された。
6 Ibid., p.p. 275-6.
7千葉の筆者への2011年2月のメールの発言から。
8 Matthew Higgs, “Peter Doig, ” Artforum (May 1, 2003), n. p. マシュー・ヒッグスはドイグのイメージの効果を「異界的なのに見覚えがある」、「薄気味悪いが親しみが持てる」(”uncannyily familiar”)と形容している。
1.原初的風景と人工的脚色
千葉正也は、顔の無い白い彫像や仮面だけが居住する荒涼とした場所を描く謎めいた風景画で知られる。その絵は、何かの災厄によって原始の段階に戻ってしまった文明の遺跡のような雰囲気を漂わせながら、彫像や仮面を支える木の棒や、描かれた風景と同じ風景を映し出す写真といった人工的な小道具を故意に見せることで、その虚構性を暗示する。 彼の絵による対立する要素の対置は、「シュルレアリズム」というカテゴリーを超えて独特な効果を生む。それは、覚醒した意識の縁でぎりぎり保たれている夢の光景の感触を与える。つまり、それは、夢を見ている人によって夢と意識されながらも、その身体的心理的な効果のために、生きられた現実と感じられ維持されている幻想のようなものを与えるのだ。同時にその幻想は、そこから距離をとりながら、いつ観客にその人工的な性質を明かすべきかを計算している、分析的な観察者の意識に浸食されている。
たとえば、『ロッキーの友人3』と『お盆に登山する』という、2004年の2枚の絵を見てみよう。最初の絵では、白い顔のない彫像が、粗い岩肌の山の眺望の前に立って片手を伸ばして拳を下にするという謎めいたジェスチュアをとっている。2枚目の絵では、同じような白い像が別の山の前に浮かんでいるが、その身体を支えている木の棒が見えていることによって、その操り人形的な状態が明かされている。このように、表現の焦点のちょっとしたずらしがこれらの絵の機能や効果を、幻想的なものからメタフィクション的なものへ、或いは、魔術的なものから皮肉なものへと変えてしまう。
千葉による幻想からの皮肉な距離の取り方の度合いの変化は、『平和な村』という絵のシリーズにわかりやすく示されている。06年の最初の絵では、8体の仮面やオブジェが、まるでトーテムを背負う記念碑のように、青い湖を囲んだ原初の森の前に立っていた。その07年、08年、11年のヴァリエーションでは、作家による遺跡の幻影の執拗なまでの追求と、その創造のプロセスの段階的な提示や回を追う毎に進む幻影の破壊が、同時に示された。例えば07年版では、仮面やオブジェを載せたテーブルが黄色い砂漠の前に立ち、08年版では、より多くのオブジェを載せた2台のテーブルと黒い事務椅子が、滝へと流れ込む大きな河と対照的に配置され、さらに、11年版では、赤くごつごつした岩肌の山の峰を背に、棚にアニメのフィギュアのようにきちんと並べられた40以上の小さなオブジェが、これからも続いていく新たな氷河時代の物語の「登場人物」として陳列されていた。
2.アレゴリーの具現化と視覚的情報のインターフェース
千葉の絵画は、こうして、原初的風景のアレゴリー的描写とその分析的説明の間で揺れ動く。その創造はまた、触覚的なものと想像的なものという二つの動力に突き動かされている。千葉は、高さ10—50センチメートルくらいの紙粘土のオブジェを作り、それを実際の風景や風景写真の前に置いて、架空の情景を描いてきた。この、幻想と分析、触覚的な物質性と純粋な虚構との間の彼の揺れ動きは、正反対のスタイルとテーマを持つ作品群を生み出してきた。その両極化は、千葉の二つのシュウゴアーツにおける展覧会、08年12月から09年2月までの「三ツ境」と11年1月から3月までの「生きていたから見ることのできたすばらしい世界」に明確に現れている。
原初的な風景の前に立つ像のモチーフを受け継ぎながら、「三ツ境」に出展された作品は、より強化された記念碑性と物質性を見せた。代表的な絵画『三ツ境』は、二枚のキャンバスを繋ぎ合わせて作られた259センチと330センチの大型のキャンバスで、70センチの台の上に展示された。そこでは、以前の作品よりも高い密度で植物の茂った原初の森が描かれ、紫とピンクの色調と厚い塗りや大きな筆跡によって、絵画表面に有機的な成長の勢いと触感の印象が与えられていた。白い像は3次元性の錯覚を招くダイナミックなモデリングとライティングを施され、彫像に生命が宿ったかのような異界的な印象を漂わせていた。出展された多くの絵では、架空のイメージが、誇張された触感や人間の身体を印象付ける展示形態を伴うことで、絵画と彫刻の間の境界の意識的な浸食が行われていた。『泣き頭』では、顔のない像が枝を広げた大木を背に大粒の涙を流している様子が、失われた文明を悼んで泣く壊れたロボットのような逆ユートピア的幻想を呼び起こす一方で、頭が置かれたテーブルや頭を支える木の棒や、頭の後ろに接着されたホースが、奇妙な形の噴水から出水するための装置という日常的な説明をほのめかした。同時に、この絵を台に乗せ、木枠で支えて展示する仕掛けは、絵の高さがほぼ160センチメートルとなり、像の頭が普通の成人の眼の高さよりやや下にくるという状態によって、観客に、人と眼を合わせて立っているような感覚を与えた。この絵の身体的効果は、絵の具を厚く塗ることによってごつごつした岩のような感触の印象を与える、硬く凹凸の激しい絵画表面によっても、強化されていた。
これとは対照的に、「生きていたから見ることのできたすばらしい世界」展の絵画は、端正な室内的雰囲気をたたえていた。その雰囲気は、滑らかな塗りと、様々な資料から細部を拾い組み合わせて荒野の情景を人工的に構築する千葉の創造のパスティーシュ的性格を強調するイメージ群によって、伝えられた。『ヘビくん』では、千葉の以前の作品に現れたオブジェが、ソファやサイドテーブルや他の調度の上に小さな装飾品のように置かれ、絵画に現れたものと同じような風景を映した小さな写真が部屋のそこここに飾られている様が描かれる。紙製の蛇がソファを花飾りのように一周する様子が楽屋的な雰囲気を強化し、脅威を取り除く一方で、個々の写真は荒々しい自然の連想を誘う窓として機能し、日常的な現実の下にある異質な生の相を暗示する。このような、魔術的要素と皮肉な要素の対置は、『50人のリビング・ルーム』でも、繊細なバランスで実現されていた。そこでは、紙粘土のオブジェや、写真や、大小の描きかけの絵などが置かれた画家の部屋が描かれ、全てを均質化するフラットな光が、北方ルネサンスの絵画のように、個々の事物にアレゴリー的な意味を与えている。いくつかの絵画や、写真や、像や手袋やボウルなどが、椅子に寄りかかって座る二人の人物の輪郭を象るように配置され、人間の個性は様々な情報の集積によって構成されていることが冷静に示唆される。オブジェの他にも部屋に点在する、Ipod, CD、本などの、個々の事物によっても暗示される、可能な意味の偏在は、連想の宇宙を広げるとともに、不明瞭な象徴から生じる響きの叛乱のなかへの意味の喪失を暗示していた。こうした、凡庸な事物に不透明なアレゴリー的光を投げかけることで日常の現実を不安定にし、即物性と精神性の間で宙吊りにする千葉の方法から、彼の絵画が魔術的リアリズムの一種であることが明確になる。「生きていたから見れた素晴らしい世界」展の多くの絵は、ある評論家によって「日常的現実のごくありふれた対象を描きながら、当の事物にこの世の外の、いわば世界関連外の光を照射して、事物を『形而上的妖怪的』空間の中に立ち上らせるリアリズム」と描写された、ワイマール共和国時代のノイエ・ザハリヒカイトの絵画を思い起こさせた。(注1)
3. 美術史とその不安
千葉の絵画におけるアレゴリーと皮肉の間の揺れ動きは、美術史の重荷に抵抗して独創性を獲得しようともがく後期近代主義の時代の画家の悩みと長所を映し出す。彼による「絵の中の絵」の使用は、既成の絵画や豊富な視覚的資料に画家が多くを負っていて、既成の視覚的資料の再利用をしていることを認めている。しかし、そういう人工性の認証にもかかわらず、千葉のイメージは、深い心理的な魅力を損なわない。そのひとつの理由は、彼による、文明の遺跡や終わりと始まりの間にある世界の繰り返される描写に、不要な文化的記憶をそぎ落とし、創造力の再生を願う気持ちが投影されているからだろう。
既成のイメージの使用と文化的な白紙状態への憧れを同居させているという点で、千葉は、スウェーデンの優れた現代画家ママ・アンダーソンと共通項を持っている。彼女もまた、過去の名画を含む小さな絵画を自分の作品に登場させる。同時に彼女は、図書館や美術館のような文化的記憶の所蔵庫における見慣れた現実の解体を、人物や風景をオプ模様として描くことで暗示する。そういう模様は、具象的なイメージが実際に点や皺に溶解していく姿を示しながら、目眩のような効果を観客に与える。例えば、アンダーソンの05年の絵画『神々に触れられて』では、図書館の床が、溶けたイメージのどろどろした流れのなかから立ち上がる幽霊のような人の群れによって占拠される姿が示されているが、それは、中央の壁にかかった絵から抜け落ちた中身であることがわかる。横の壁の棚に置かれた小さなパネルには、エドヴァード・ムンク、ピーター・ドイグの絵と並んで彼女自身の絵も描かれている。陳列ケースを覗き込んでいる一人の閲覧者の身体の一部が消え始め、幽霊と人が同じ次元で生きていること、あるいは、シミュラクラ(幻想物)が現実の生を覆っていることを暗示する。千葉の『50人のリビング・ルーム』でも、人の姿は絵の材料によって取り代わられ、人間が情報の山のなかに消えていくことが示されていた。同時に、11年の『平和な村』では、自然が画家のアトリエへと侵入していた。そこでは、工房的雰囲気とは裏腹に、山の尾根を照らし出すぎらつく光が山の硬くごつごつした質感を強調し、幻影の心理的現実性を伝えていた。そこではイメージは、否定しがたい身体的効果を持つ幻覚に近付いていた。
4.ディープ・イメージとシミュラクラ
千葉の心理的身体的な効果を持つ原初的な自然のイメージは、アンダーソンの、幽霊が現れる美術館や図書館と交互に描かれる、白樺の林や湖や岩だらけの海岸のような、感情的負荷と不穏な象徴性を合わせ持つスカンジナビアの風景と同様に、「ディープ・イメージ」と言われる詩的イメージの一種であると考えられる。ディープ・イメージとは、1960年代に、ロバート・ブライやジェームズ・ライトのようなアメリカの後期モダニズム詩人によって定義され洗練されたカテゴリーだ。 それは、個人の精神が個人的自我の境界を超えて外界の現象や生物との関係を確立することを可能にする無意識の知覚パターンを捕える、原型的なイメージを意味している。(注2)日常の情景や風景のなかで見いだされた具体的な細部は詩人によって集められ、その心理の深部からくる衝動に従って隠喩的に変形され凝縮されて、シンプルだが多層的な意味を持つイメージへと作り上げられる。(注3)
千葉のイメージは、手作りのオブジェや現実の風景や印刷されたり描かれたりしたイメージを組み合わせて作られていること、また、荒涼とした自然を訪れる白い顔のない像というシンプルなイメージによって様々な解釈を誘い、とりわけ無常を示唆して現代におけるヴァニタスとして機能することから、「ディープ・イメージ」と考えることができる。しかし、「ディープ・イメージ」の初期の例は、06年の絵画『プリティM』にも見いだされる。そこでは、一対の大きな眼が正面玄関の上部の壁に描かれた建物が、人気のない山里の夕闇のなかで、3つの缶に炊かれた火の灯りに照らされて浮かび上がる姿が描かれる。そのイメージは、『偉大なるギャツビー』の眼科医の看板のエピソードを思わせながら、宗教的、感情的、SF的な文脈を喚起して、観客の記憶に従ってその連想の場を広げる。千葉は、この超現実的な絵の原型を、新潟県の村落部にある建物の玄関の上の壁に眼を描くことで作ったが、火などの、他の状況から抜き出された細部を組み合わせることで、彼の心の中の幻想を最もよく翻訳する「深いイメージ」を形成した。(注4)
千葉の絵画は哲学者ジル・ドゥルーズによって定義された「シミュラクラ」の概念も体現している。彼はそれを、「知覚の出来事」、「宇宙的で非人格的で個別化以前の特殊性」を実現する、論理的な因果関係や個人の自我から解放された心理的な形成物と説明した。(注5)古典哲学によって提出された二つのシミュラクラの定義を比較しながら、ドゥルーズは、プラトン派のシミュラクラがコピーを表すのに対して、エピキュロス派のシミュラクラは、現実の現象の特殊性に起因する純粋な創造の産物を指していると言う。初期段階において、エピキュロス派のシミュラクラは、身体の深部から発する身体的効果、つまり、音や香りや味や温度のようなものと、表層の視覚的様相、即ち、色や形、の合成から、その原因だった物とは異なるイメージを形成する。さらに進んだ段階のシミュラクラは、もとの現象から全くかけ離れた「幻想」(phantasm)とも言える、自律的なイメージを表出させる。それは、夢を見る人の内的な衝動に従って細部を選び圧縮することで作られる夢のイメージと同じものである。(「アニムスにそれ自体で存在する夢のヴィジョンを提供する」)(注6)
千葉のイメージは、エピキュロス派のシミュラクラの初期と進んだ段階の間に存在しているようだ。彼の創造が、想像的なものと触覚的なものという、二つの両極の衝動に支えられていることが、このことを証明している。「古本や自分で撮った写真や実際の風景」など様々な視覚的資料からイメージを採取する一方で、千葉は、彼のオブジェを手で作り、それらを現実や写真の風景の前に置いて、その距離や存在感を感じながら描くことで、身体的な効果を持った想像的な絵画を描いてきた。別の言い方をすれば、触覚、あるいは、身体的な存在の感覚が、千葉の夢のイメージの現実感を支えている。それは、ちょうど、本物の夢のなかで、もとの経験は奇妙な状況に変形されていても、その状況は生々しい実感を保っていて、夢を見る人の心理には、実際に生きられた体験として感じられるのと同じことである。このことは、千葉の作品に03年から現れていた燃える家のイメージへの扱いに、とりわけよく現れている。このイメージを描くために千葉は、小さな家の模型を作って燃やし、「映画などによってロマンチックにされすぎている、火が燃えるという感覚を取り戻す」ことを試みた。(注7)燃える家のイメージは、彼の幾つもの絵に現れている。それは、或るときは絵に象徴的なニュアンスを与え(『プリティM』)、また或るときは静物画に生々しい手触り感を与え、(『ジャングル』)、別のときには象徴性と身体的効果を組み合わせたりする(07年の『無題』)。
こうした千葉の「ディープ・イメージ」作りの方法は、直接の影響関係はなくとも、やはり、ママ・アンダーソンやピーター・ドイグという現代の重要な画家の独自の工夫のうちに、同時代的先達というべき姿勢を見い出すのではないだろうか。この二人の画家も、魔術的リアリズムの雰囲気や、現代の文化の解体を表現している。彼等の絵画は、「解体」の感覚を主題として表現するだけでなく、人や事物を点や皺のような模様として描き、ぎらつきやちらつきのような視覚的効果を引き起こす技法によって、視覚の脱中心化という体験をとおして観客にそれを実感させる。ドイグの2000年の絵画『山の中の人物(形象)』でも、フードを被った人物の顔は波形の模様の内に溶解し、周囲の風景を満たす同様の模様が生み出す揺れやちらつきの錯覚に呼応するように見えた。ドイグもまた、本やレコードジャケットなどから採った写真をはじめとする様々な資料をもとに彼の心に叶うイメージをつくり出す。そのイメージはしばしば、彼個人の記憶や感情を超えて、観客も共有できる深い心理的幻影になっていると指摘される。(注8)千葉もまた、自分のやり方で彼の絵画を知覚体験の媒体にしようとしてきた。彼の「三ツ境」展の絵画では、絵の表面に3次元的な物質感をもたらす厚塗りや、キャンバスの端を木枠からはずして観客に見せる行為や、絵に彫刻のような存在感を与える台の上に乗せる展示といった工夫が、絵を2次元の錯覚から解き放とうとする彼の努力を表していた。そのような、観客の知覚の直接的操作から、再び、2次元の絵画平面に立ち戻り、比喩や表象をとおして作家の心の内外の出来事が平等の現実感を持ち、互いに影響を与え合う領域であることを示唆したのが「すばらしい世界」展の作品群であったのだろう。
5.永遠と無常−−或いは亀の夢
これまでの考察から、千葉は、視覚文化の途方もない重荷と創造の危機のなかで現代美術としての絵画活動を維持する可能性を探求していると推察される。新しい絵画のスタイルを発明するのでなく、ほとんどリアリズム的と言える具象的な形によって内的イメージを表現しようする千葉の方法が、美術史のなかの後続としてのポジションを冷静に受け止め、先駆者の超克という近代のゲームには加わらずに、同時代の観客に対する視覚的現実と正当性を与えようとしている彼の姿勢を表している。千葉の絵画の現代的な訴求力は、3つの点で明らかである。つまり、1)物語的幻想とアレゴリーを異化する皮肉なものの見方の組み合わせ、2)触覚的要素と想像的要素の弁証法的な使用、つまり、様々な視覚的資料を選抜して作った想像的な構築物を身体的効果によって修正することで純粋な幻想物であるシミュラクラを作り出す手法、3)原初の自然や文明の遺跡や新しい文化の再生を待つ世界のイメージの創造である。
千葉による原初の自然や身体性の追求は、今日の日本の若い作家たちに共通の身体的で集合的なものの探求との強い類縁関係も、持っている。例えば、小さな断片から成る巨大なドローイング作品を制作する鈴木ヒラクや、たまたま訪れた公共の場で即興的にダンスを振り付けるダンスグループ、コンタクト・ゴンゾは、無名のグラフィティから言語表現を示唆する身振りを集めたり、格闘技やストリートファイティングのような形で突然繰り出される攻撃への直感的な反応として新たな動きを作り出すことで、正当化された言語システムや個人の作家性を超えたコミュニケーションの方法を模索している。千葉の作品は彼らのそれよりも古典的に見えるかもしれない。しかし、役割の固定された仮面や像を繰り返し使い、見せている光景が虚構であることを明らかにしながら、その表出のたびに観客にそれを現実的な幻として体験させる彼の方法は、能における、役割や意味が厳密に決められた面や所作をとおしてそこにない時空が呼び起こされ、たとえ何百回と上演された演目であっても、その度に観客は幻の現前を信じるという、「醒めながら見る夢」の創造をなぞっていると言えよう。
虚構性を強調しながら人工的演出を超えた知覚的想像的体験の絵画における現出を目指す千葉の姿勢は、「すばらしい世界」展で見せられたひとつの慎ましいが謎めいた作品にも現れている。それは、『亀の生活』という名の作品だ。そこには、亀と小さな木彫りの裸婦像がはいった透明な水槽を横から見た光景が描かれている。水槽の三方には黒人の女性シンガーらしい肖像を納めた額縁(のドローイングか写真)がかけられるか描かれるかした紙が巡らされている。水槽の上部に水平に設置された蛍光灯が、全てをニュートラルに見せる光を投げかけて、イメージと水槽との距離を測りにくくしている。それは、あたかも、異なるレベルに存在するもの全てを、個人の意識の限界を超えて絵のなかに統合しようとする作家の意思の表れのようだ。亀もまた、像の方に頭をもたげ、その胸の前に拳を結んだ片手を持ち上げている像の強調された動作のアレゴリー的意味を読み取ろうとするかのようだ。例えば、自然の永続に対する人間の表象作用のはかなさといった。しかし、それ自体の独自の知覚領域を持つ亀に対して、合図や象徴は意味をなさないために、全ての連想は宙に浮き、絵の意味はわからないままに残されている。この絵は、人間の意味を与えようとする視線を超えて存在している「ありのままの物」の世界を現わしているのかもしれない。それでも、具象的な形は、人を解釈へと誘ってやまない。例えば、亀の姿は、アキレスによって決して追いつかれることのない亀の歩みをとおして「無限」へのメタファーを示す、ゼノの逆説を想起させる。そのような連想によって、この絵は、観客と画家の間の決して縮まらない距離を暗示しているようだ。画家がどれほど観客に対して彼の手の内をみせて、次の絵画的展開を予想するための材料を与えたとしても、画家は常に観客の予想の少し前を歩いている。見慣れたものを組み合わせて、有限な世界に存在する変化への限りない力を見せるための、新たな驚くべき方法を見いだしながら。
注
1種村季弘『魔術的リアリズム:メランコリーの芸術』(東京:パルコ出版、1988, p. 10.
2 James E. B. Breslin, From Modern to Contemporary: American Poetry, 1945-1965 (Chicago and London: The University of Chicago Press, 1983), pp. 176-183. 「ディープ・イメージ」は1961年にアメリカの詩人ロバート・ケリーによって最初に提唱されたが、1963年以降のロバート・ブライによる再定義と、彼や彼の友人ジェームズ・ライトの詩によって、後続の世代にも影響を与える重要な詩のスタイルで理論となった。ブライの考えは、ゲオールグ・トラークルや、チェーザレ・ヴァレホのようなヨーロッパのシュールレアリズム系の詩人の詩や、カール・ユングの心理学に影響を受けていた。
3 Ibid., p. 179; 「詩人は、その心理の、論理に先立つ原初的な層において、行きとし生けるもの全ての相互関係を体験する。そのとき彼は、自分が自然界や、他の全ての人間や、読者と共有するエネルギーに加わっていることを感じるのである」(179)(訳は松井)
4 千葉は、第3回越後妻有トリエンナーレにおいて、眼のイメージを福武ハウスの正面入り口上部の壁に描くくとともに、その建物の内部で『Pretty M』を展示した。
5 Gilles Deleuze, The Logic of Sense, trans. Mark Lester, with Charles Stivale, ed. Constantin V. Boundas (New York: Columbia University Press, 1990), pp. 273-4 原書である『Logique du sense』は、1969年に出版された。
6 Ibid., p.p. 275-6.
7千葉の筆者への2011年2月のメールの発言から。
8 Matthew Higgs, “Peter Doig, ” Artforum (May 1, 2003), n. p. マシュー・ヒッグスはドイグのイメージの効果を「異界的なのに見覚えがある」、「薄気味悪いが親しみが持てる」(”uncannyily familiar”)と形容している。